
<作者さんからのコメント>
私は夏の花『オオキンケイギク』。
かつては観賞用・緑化用として国内に導入され重宝されたのです。
今では生態系を壊すとかで外来生物法に基づく特定外来生物に指定され、生きたままの運搬や栽培、譲渡などが原則として禁止されました。人間って勝手です。でも僕らは強く元気に生きて行くぞっ~!!
内なる流れに乗ろう
英語の言葉で”Go with the flow”(流れに身を任せろ)というのがあります。これに対して” Only dead fish go with the flow”(流れに身を任せるのは死んだ魚だけだ)と言った人がいます。
私はこの2つの言葉を聞いて、なるほど、どっちも正しい気がするけど、なんかスッキリしないなと感じ、しばらく考察していたことがあります。そしてある時ふと思いました。「流れには2つあるんだ。外側の流れと、自分の内側の流れ。どちらの事を言ってるかで、全く意味が違ってくるんだ。」
外側の流れだけに目を向けてそこに身を任せると、まさに意志なく漂っている死んだ魚のようになります。
でも、自分の内面の流れ(内側を流れる感情・感覚)に意識を向けると、すぐにホッと安心し、自分を取り戻すことができるようになります。さらにそれが癖になると、病気が治り生きやすくなり、人生と調和してきます。
自分の内側の大いなる流れに身を任せる。それさえできれば、どんな行き詰まりに思える場所にも道が開かれていくことは、私自身も何度も体験し、心から実感しています。ではなぜなかなかそれができないのかと言えば、我々は自分の内側の大いなる流れよりも、外側の現状、そしてそれを分析する理性を信頼してしまうことが多いからです。
現状分析してる時、頭の中はこんな感じにグルグルします。「これがまだできてないから早く始めなきゃ、このくらい時間がかかるだろう、このぐらい労力が必要だ、あれもやってこれもやって、そのためにはまずこうしてああして、、」思考が問題解決のためにフル回転している状態です。これがまさに「自分でなんとかしなきゃモード」です。
その時ふと、自分の内側の大いなる流れに意識を向けてみます。すると、心はモヤモヤ、心臓はドキドキ、ずーんと重さを感じ、なんとなく曇り空のように不穏な空気が漂っている感じがします。実は、この内側に目を向けて、モヤモヤや焦りや心の重さをじーっと味わってあげる。そうすると心はだんだん落ち着いてきます。心の空模様も晴れてきます。
そして内側の大いなる流れがゆったりと流れ始めます。これが本来の自分のリズム。自分の本来のリズムに戻り、その流れに身を任せていると、やるべきこと、どうにかすべきこと、解決すべき問題が、まるで絡まった糸がするすると解けていくようにスムーズに解決していくのを体験できます。
実は私たちは今いる場所でこのままの自分でこの現実の中で、自分の本来のリズムを信頼してその流れに乗ることができていれば、それだけでこの上ない安心と喜びを感じます。そして、現実は心を映し出す鏡ですから、心が先に安心と喜びを感じると現実はただ単にそれを鏡に映すように安心と喜びの状態になっていきます。
今まさに何かに焦っている人、なんとかしなきゃともがいている人は、ぜひほんの少しの時間でもいいので目をつむって、胸に手を当てて、内側の大いなる流れを感じてみてください。意識を向けてじーっと感じるだけで、流れはゆったりと悠々としてきます。すると、外側の流れも変わるのです。
次回のセミナーではこの行き詰まりのない生き方の秘訣をあらゆる角度から日常的に実践できるよう、楽しくお伝えしていきます。ぜひお楽しみに!
いつもありがとうございます。意識を内側にむけるか、外側にむけるか…というテーマでした。
先日、以前に解決したと思っていたことがまだしっかり癒せてなかったことに気づかされることが起きました。
相手がいることなので、ちょっと嫌な思いがしました。あまりスムーズじゃなかったけど、子どもの自分をしっかり優先することができました。正直嫌われてもいいやって今、思ってます。相手は、なんらかの関わりを持ちたいようだけど、とにかく嫌なものは嫌と、さらに味わおうと思います。
ただ、もっともっと先に傷ついた心を癒しきっておけば良かったなぁというのが本音でした。そのあたりを次回のセミナーでしっかり学びたいと思います。お暑いので皆様ご自愛ください♪
内なる声に耳を傾けるという視点は哲外院長の本や、香峯子先生のインスタを拝見し学ばせて頂きました。
私もあることでPTSDになり、人間不信から立ち直る為に「共感して肯定し駄々こね」を日々、実践しています。
ただ、なかなか良くなりません。過去の苦しみに向き合って駄々こねをしても「過去は変えられない。時間は取り戻せない。だからもう、こんな目に遭った私はだめなんだ」という、後向きのまま、立ち止まっているような状況です。
KKDだけでこの状態が良くなるのか不安なまま続けています。他に有効な手段が見当たらないので、信じて続けていきます。過去にとらわれる自分が不甲斐ないです。
最近、体調も暑くて今ひとつのせいもあるかもしれませんが、私は55年間ずーと思考で生きてきて、自分へ声かける言葉は(疲れたね~)が1番しっくりきています。
今まで、つい、共感をできるだけやって早く開けたいとの思いが強かったですが、もう体の声に従い心も休ませてあげようと思い、日常では、今どうかなぁという感じで、もう子供たちのことも大きいんだし、そんなに気にするのはやめようと思いながら、体がだるいので、ちょこちよこ休んでいます。
そんなところ、香峯子先生のメルマガを読ませていただき、本当にホッとした気持ちになれました。
ありがとうございます
今度の日曜日のzoomも楽しみにしています。
何かに新しく挑戦しようとするとき心理的にもですが身体的にも不具合が出て(繰り返すぎっくり腰や腹痛)など、「やはり私には無理なんだ」といつも諦めてきました。
幼い頃よりたくさん傷つくことが多く人間関係に対するとてつもなく強い恐怖心があり、その恐怖心をねじ伏せて何かをしようとすると強いストレスを感じるせいか身体に出るように思います。
またそのような状況ですので人間関係もうまく出来ずほとほと困っておりました。
まさに「ああしなければ。こうしなければ。ああしたいのにまだ出来ていない。どうしよう」の繰り返しだったのでメルマガを読ませて頂きハッとしました。
子供の自分に寄り添うことをはじめてはいますが、なかなかうまく出来ません。いつも不安や色んな考えが頭でうるさく働いて子供の自分の声がかき消されてしまっているように思います。
またこうしてヒントを頂けると大変に励みになります。いつもありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。